悩んでいる。めっちゃ悩んでいる。職場の後輩くんのことで悩んでいる。
どれくらい悩んでいるかと言うと、1週間の献立をまとめて考えるのと同じくらい悩んでいる。
今回の記事の主張点は
①主体性のなさがハラスメントを招く
②嫌なことから逃げても良いが、そのコストは自分で支払わない人は信用できない
③仕事は自分で手に入れにいくもの
会食は突然に
先日、仕事でお客さんとの会食の場が設けられた。会議が終わったあとに一杯やりましょう、といった感じのフランクな会。そんな会に後輩くんのみで参加することとなった。私もサブ的なポジションで担当しているが、その日は別の用事があったので参加していなかった。
会食の翌日、お客さんから私に電話がかかってきた。
「お宅の後輩くん、お酒を注ぎに来ないし、奢っても『ありがとうございました』の言葉もない。そもそも普段の会食にも来ないよね?前の担当の○○くんは来てくれてた。こちらとしても後輩くんとは仲良くなりたいと思っているけど……どうなってるの?君からも彼に言ってほしい。」
そう、普段の会食にも来ないのである。そこについてはお客さんからは常に言われ続けていたことだ。後輩くんは頑として参加しない。いつも私だけの参加である。だから今回一人で行かせるのは少し不安ではあった。後輩くんに会ったらどんな会食だったか話を聞かなくてはならない。
とりあえず、その場では代わりに謝った。
事情聴取
翌日、始業時刻ギリギリに出社すると、後輩くんとその直属の上司が話し込んでいた。何かあっただろうか、昨日の会食のことだろうかと思って輪に入った。
予想通り会食の件だった。
主張は要約すると「コミュニケーションと称してハラスメントまがいのことをされた」ということで、以後会食の場には出たくないという旨をレジュメに従って話された。
上司はそれをそのまま受け止め、お客さんに会食の場には後輩くんを連れていかない、接し方を変えてほしい、後輩くんの人柄だから許してほしいということをその場で電話で伝えた。
さて、そのレジュメにはかなり強めの言葉でお客さんが悪いという旨のことが書いてあり、上司も「お前は悪くない」と後輩くんに言っていた。
なんやワシ、板挟みやんけ。
この状況でお客さんから色々言われたなんて言えねぇじゃん……。面倒くせぇ……。
これからはお客さんをなだめていくことになる。
主体性のなさがハラスメントを招く
さて、今回の件については「責任はお客さんにあるが、原因は後輩くんにある」というのが私の率直な感想である。「率直な感想である」なんて言ってみせても、その背景は伝えきれていないので読んでいる人はチンプンカンプンだと思う。
ハラスメントまがいのことをしたというのは恐らく事実だろうと思う。
恐らくだが、彼女の有無とかその辺を聞かれたのではないか。それが次第にエスカレートしていって……。
後輩くんが意固地に自分のことを隠す姿勢を見せれば見せるほど、「なんとか仲良くなろう」というお客さんのやり方もヒートアップしていった。彼の固いバリアを壊すためにより強い力でスキンシップを臨んだ結果、ハラスメントとなってしまった。
見ていないのであくまで推測の域を出ないがそんな感じではないだろうか?
結果としてハラスメントになった責任はお客さんにあるし、それを誘発した原因は後輩くんにある。
この展開を避けるためには主体的にお客さんと接するしかないと思う。受け身でいると物事の展開は相手次第になってしまう。それが嫌なら自分からお客さんに働きかけること。
また、ある程度自分をオープンにするべき。いじられたところを頑なに守ろうとすればするほど、相手はそこを衝いてくる。というか、そこが唯一の会話の糸口に見えてしまってそこを衝かざるをえなくなるというか。
嫌なことから逃げても良いが、そのコストは自分で支払わない人は信用できない
先ほど話に出たレジュメだが、実は後輩くんが作ったものではなく、彼の親が作ったものだ。え?親???
私個人、嫌なことから逃げ出すことに何の躊躇もない。今回の件でも彼がハラスメントに悩むのならば逃げるのが最善だと思う。
だが、逃げるにあたってそのコストは本人が支払うべきだと思う。それができない人間は信用できない。
ここでいうコストは時間やお金、他人に嫌われても良いという覚悟などを指す。退職エージェントとかあるけど、あれはお金を払ってるし、一応コストは支払っていると思う。
彼の場合はそのコスト(自分の気持ちや考えをまとめて言葉にするという手間)を親になげつけている。自分の気持ちを言葉にするのって自分でできる、というかしなければならないと思う。それを考えると、私は彼を信用できないし、今後仕事を振ることはないだろう。
自分の中にしかない気持ちを吐き出すのにすら他人を使うような人間に仕事がやり遂げられると思えない。有能/無能とは次元の異なる話だ。
仕事は自分で手に入れにいくもの
ここで今更ながら会食の意義について触れたいと思う。
①会議の時間だけでは議題をこなすだけで精一杯だが、その後の会食に行くことで他の事柄についてもお客さんの要望などを知ることができる。
②会議のやらかしをカバーできる
「会食を成功させないと事業が成功しない!」といったものではないし、無理をして出るレベルのものではないと思う。
だが、次の仕事につながるものではある。ここでお客さんの要望を聞いておけばすぐではなくとも、別の場で役立てることができるかもしれない。
どういう仕事なのかいつもこのブログでは明言していないが、私はこの仕事は相手に良質な提案をし続けることが大事だと思う。
そのためのネタ探しは自らすべきだ。会食はその場として有効だ。
ここまで書いて、なおさら後輩くんに仕事を振りたくないと思ってしまった。
会食に参加して自分で手にしたネタを分け与え、保護者のように一緒に仕事してあげないといけない。そんな余裕は今の私にはないし、後輩くんはきっと与えられた仕事だけすればいいと解釈してしまう。
そんな未来が見えるのでなおさら振りたくなくなった。
会議でのやらかしをカバーできるというのは隠れたGoodPointで、ここでいうやらかしとは失敗だけではなく何もしないことを含む。
後輩くんは会議中メモを取るばかりで発言をほとんどしない。ほとんど何もできていないわけだが、書類の締め切りや会議の出欠確認はやたらと張り切る。そのせいかお客さんからは「なんだこいつは」と思われている。
それをカバーできるかもしれない場が会食なのだが、彼は参加しない。「なんだこいつは」が積み重なっていたのも、今回のハラスメント事件の一因かもしれない。
まとめ
結局どこまで行っても主体性がないからなのかなーと思った。
多分これからは彼ではなく私に仕事の問い合わせが増えるのだろう。それがすごく残念だ。
例によってオチはない。