正しい年の取り方

人生に迷うアラサー男が年相応になるまでの雑記

来年は一人で行けるよう頑張ります

曇天。周りに車はいなかった。いつもより静かな県道をゆっくり走っていた。

 

前日、年齢不詳の男から届いたメッセージが私を道場へと走らせた。

「明日大会に行くなら7時半に道場に来て下さい」

 

「行くなら……」

 

昨日は県外で将棋大会だった。交通費もバカにならないので、複数人で乗り合いで行くという趣旨の集まりで、急遽私も参加させてもらうこととなった。

集合場所は地元の将棋道場。

 

その日の乗り合いメンバーは4名。

運転手:年齢不詳の男(20代であることは分かるが、年齢が分からない)

助手席:50代男性

後部座席(助手席後ろ):大学生

後部座席(運転席後ろ):自分

 

来た順に着席したらこんな感じだった。年齢不詳の男は50代男性をピックしてから集合場所へ乗り込んできた。

比較的若いメンバーだからだろうか、50代男性以外は朝が弱いのかローテンション。一方、50代男性は口から生まれたかのようなマシンガントークをぶっ放していた。話題の方向性も飛び散らかっていた気がする。多分気のせいだ。

 

正直話を聞いていてもテンションは上がらなかったのだが、50代男性がかつて「自分の段位を返納したい」と将棋連盟に直訴の電話をしたというエピソードには目が覚めた。

 

返納て。運転免許証かよ。

 

その問い合わせの異常さから連盟の方に電話を切られたそうだが(大正解)、まぁまぁ狂ったエピソードである。

 

隣の大学生も声を上げて反応していたので、驚いたのは私だけではなかったと思う。年齢不詳の男は「そうなんですね~」と興味なさそうな反応。

彼はいつもこんな感じだ。そこがいいところでもある。

 

この日の旅程は当初、途中まで高速道路、途中から下道で向かうというものだったが、当日急にALL下道となった。なんでやねん。

 

年齢不詳の男は運転が荒いように感じた。北陸自体、他地方にもれず運転マナーが悪い土地柄だが、その日の彼の運転もなかなかに荒かった。曲がるときや車線変更時はウインカー出そうな。そういう無頓着でおおらかなところも彼の良いところ。かもしれない。むしろあれくらいの運転が普通な可能性もあるし、他者から見た私の運転も危なっかしいものかもしれない。

 

会場に着くと、毎年恒例の会場。

乗り合いで行くという選択は正しかったとこの時は思った。変な時間に行くと、駐車できなかった可能性がある。何せこの大会の参加者数はめっぽう多いのだ。

 

大会の名前は北國王将杯。北國新聞が主催の大会で、北陸三県在住の人のみが参加できる大会。

特筆すべきは賞金の存在。大体の大会の商品が盾やトロフィー等にとどまる一方、この大会はお金が出るのだ。金額は公には伏せられているが、それなりの金額である。

この賞金欲しさに過少申告者が段位戦に腕っぷしに自信のある将棋指しが出場するのである。

私はそんなに卑しくないので、純粋に腕試しである。次の大会で使う戦法の試運転。

 

大会ルールは予選4人1組1勝抜けの北陸スタイル。30分切れ負けという終わることを最優先としたオシャレなやり方。

 

今回の乗り合いメンバーで一番の注目は大学生。彼はまだ段位免状を持っていない。つまり、初段位戦に出場することができる。残りのメンバーは三段位免状以上を持っているため、一番上のクラスに出ることになる。私は除いた二人は、大学生の賞金獲得に期待していたに違いない。長井秀和もきっとそう思う。間違いない。

なお、私は決して「ご相伴にあずかろう」等とは思っていなかったことを申し添えておく。

 

「期待しないでください」

彼の言葉選びは勝つ人間のそれである。謙虚に装っておきながら傲慢。そんなのはこの将棋界では魚が泳ぐのと同じくらい当たり前のこと。しかし、その常識は後で覆されることになる。

 

ここで他人の話から離れて、大会を軽く振り返る。

1局目は相穴熊

広瀬先生のような5筋つっかけ。

同歩ではなく86歩同歩を入れてから55歩と戻された。筋と思って54歩と垂らしたが、ソフト的には55同角が勝るらしい。54歩は三番手。正直に言うと、55角と出る展開の読み筋がよく理解できなかった。多分、同じ局面を次に迎えた時には69飛か54歩を指すと思う。

 

 

進んでこの局面。角頭の歩を突かれて飛車を浮いたが、あまりよくない手だった。こう進むと後手の飛車は広いが、こちらは存外狭い。ここで74歩は突けない(75歩で萎え)。

この将棋を振り返って気づいたのだが、この戦型は角の可動域が大事だ。広げずに角の頭を守るような展開は何であってもダメ(銀で守ったり、本譜の浮き飛車もダメ)。歩は損してもよいから、とにかく角を自由に。

5筋をつっかけたなら、5筋に飛車を回すことで角の引き場所や出る先を作ることが肝要だった。

あと、飛車角側の端歩は受けた方が良いと思った。突いた手が得になる変化が多い(本譜は端歩で桂を逃げる展開に)。優先して突く必要はないが、98香よりかは優先すべき手だと思う。

 

本譜はこの局面で46銀。一目悪い手だが、相手も74歩と指してきたので55銀と出て形勢逆転。以下、チャーリーとと金工場で寄せて勝ち。

 

2局目は四間飛車穴熊VS5筋位取り。

ノマ三を指していた時代は食らわなかった戦法(たいてい5筋の歩を受けていたため)。

この局面、同行者らと検討したところ、端歩を突くのが攻めとしてベストということだった。なぜこの端歩突きを思いつかないのか。

 

ちなみに本譜は58飛と回ってから56歩と突いた(相手は玉側の端歩を突いた)。実はこれでも先手有利だったようだ。同歩同銀55歩に65歩からガンガン駒を交換していくのが良い。途中67銀と打たれるが、飛車をかわして、流れで55歩から54銀。最後に拠点が残る形になる。

実践は67銀と指されてそのあとの展開に自信がなくなった。変な攻めをしてしまい、負け。だが、攻め続けることはできた。

 

~今回の学び~

四間飛車穴熊は角頭を守るより、角を自由に動かす手順を優先してかんがえる。

・飛車角側の端歩は受けた方が得

・5筋位取りには、5筋で駒をぶつけていくか、薄い端歩を狙う。

 

ということで、予選抜け本戦1回戦で負け。年齢不詳の男、50代男性も同様だったらしく、揃って帰る準備を始めたが、残るは大学生。

 

大学生が対局中だったので、覗きに行った。局面は恐らく敗勢(良くて劣勢)。時計を切らす勝ち筋もなさそうだ。

事件が起きたのは見に行ったすぐあとだった。

気合がノリにのった相手の方が、着手に伴い自分の持ち駒を吹き飛ばしたのだ。当然ながらすべて拾ってから着手するのだが、時計を押し忘れている。

 

それに気づいた大学生は、「押してください」という意のジェスチャーを相手に示す。

 

50代男性の表情が変わったように思う。

 

「何をやっているんだこいつは」とでも言いたげな……。

 

きっと驚いたのだ。なにせ普通の将棋指しは指摘せず相手の時間を削ろうというこすい考えにまみれるからだ。

 

誠実さ。

人が将棋指しになるとき、真っ先に捨てるものである。

 

この大学生は間違いなく誠実だ。将棋指しとしては終わっているが、人間としては終わっていない。真人間である。

 

最後は自玉が受けなしとなり負けたが、本当に久しぶりに人間を見た気がする。いいものを見た。

大学生の将棋が終わり、50代男性が一言。

 

「どっか飯いくか」

 

帰路も帰路とて意味のない会話。しかし、これが乗り合いの常識であるということは忘れてはならない。運転手へ最大の敬意を払い、運転手と会話するのも同行者の仕事である。断じて寝てはいけないのである。私と大学生は少し寝た。

 

目が覚めるとそこは地元だった。

なぜか繁華街のパーキングに向かっていく。

 

「降りるぞ」

50代男性が言い放ち勇ましく繁華街へ向かう。

 

大学生がぽつりとつぶやく。

「てっきり金沢でご飯でも食べていくのかと思っていました。帰ってきたから何もなしで解散かと思ったんですが……」

 

私もそう思っていた。時刻は16時過ぎ。

50代男性は浅い時間から飲みに行くつもりだったのだ。道中そんな気配はあったものの、いきつけの飲み屋に振られている様子を見ていたので、頓挫したのだと思っていた。

 

飲みへの執着が強い。

 

なんだかんだ、16時半に開店する秋吉で一席設けた。

将棋を指した後に焼き鳥をつつくのもたまには良いものだと思った。

 

書くのがつかれたので、ここまでにしておく。

 

例によってオチはない。